一燈園

奉仕の心で積極的に他所のトイレ掃除を行う

一燈園

一燈園のロゴ
教団名一燈園読みいっとうえん
開祖西田天香 設立年1904年
現代表・教祖西田多戈止 系統その他
信者数 1,500人信仰対象光(おひかり)
経典西田天香選集(懺悔の生活など)本部所在地京都市山科区
キャッチフレーズ許されて生きる
信者の著名人鈴木清一(ダスキン創業者)
参照・出典:芸能人と新宗教 , 週刊文春2012年5月17日号 , 月刊Hanada2017年1月号「新宗教有名人信者全調査」

沿革

1904年(明治37年)
一燈園の始まり
長浜の旧家出身であった西田天香(にしだ てんこう)が、人間関係や事業の悩みから愛知川の土手で野宿し、赤子の泣き声を聞いて「無所有・奉仕」の境地(路頭の精神)に開眼。
この体験を元に、所有を放棄し、他者に奉仕する生活実践運動を開始する。
1928年(昭和3年)
山科への定住
京都市山科区に拠点を定め、「香泉林(こうせんりん)」と名付ける。
ここを中心として、信奉者たちが共同生活を送りながら修行するスタイルが確立される。
1963年(昭和38年)
ダスキンの創業
熱心な同人(信者)であった鈴木清一が、一燈園の精神を経営に活かすべく「サニクリーン(現・ダスキン)」を創業。
「祈りの経営」として知られる社風の原点となる。
1968年(昭和43年)
西田天香 遷化
創始者が死去。その後も、宗教法人格を持たない「一般財団法人」として、西田家を中心に活動を継続している。
2004年(平成16年)
開園100周年
一燈園開園から100周年の節目を迎える。
記念行事が行われ、改めて「無所有」や「奉仕」の精神が現代社会(環境問題や格差社会)にどう貢献できるかが問われた。
2018年(平成30年)
西田天香 50年祭
創始者・西田天香の没後50年の式典が執り行われる。
現当番(代表)の西田多戈止(たけし)を中心に、劇団「すわらじ」による記念公演などが行われた。
2020年(令和2年)
コロナ禍による行の自粛
新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、一燈園の代名詞である「路頭(見ず知らずの民家を回ってトイレ掃除をさせてもらう行)」が、感染防止の観点から長期間の中止・自粛を余儀なくされる。
この期間は園内での修行や、オンラインを活用した発信などに注力した。
2024年(令和6年)
開園120周年
創始120周年を迎える。
運営する「燈影(とうえい)学園」は、少人数教育と奉仕の実践(作務)を行うユニークな学校として、ユネスコスクールにも加盟し、教育界からの再評価が進んでいる。


特徴

「宗教」ではなく「生活」
最大の特徴は、自らを宗教団体(教団)とは定義せず、あくまで「懺悔(さんげ)の生活」を実践する共同体としている点である。
そのため、既存の仏教やキリスト教の信者であっても、改宗することなく参加できる。
本尊として特定の神仏像は置かず、「お光(おひかり)」と呼ばれる光を拝む。

他者の便所を借りて掃除する修行とコロナ禍
一燈園を象徴する行が、見ず知らずの民家を訪問し、「トイレを掃除させてください」と頼んで回る托鉢(路頭)である。
これは「下座(げざ)の行」と呼ばれ、最も汚れた場所を磨くことで、自らの傲慢な心を磨くことを目的としている。
しかし、2020年以降のコロナ禍においては、衛生・感染対策の観点から、他家のトイレを借りる活動は大きな制約を受けた。

ダスキン(DUSKIN)との深い関係
ミスタードーナツなどを展開する「株式会社ダスキン」の創業者・鈴木清一は、西田天香の愛弟子である。
社名の「ダスキン」は、英語のDust(ほこり)と日本語のZoukin(雑巾)を組み合わせた造語であり、「身を粉(ごみ)にして働く」という一燈園の奉仕精神が込められている。
現在も社員研修で一燈園での修行が行われることがある。

劇団「すわらじ」の活動
園内に拠点を置く「劇団すわらじ」は、創始者の精神を演劇を通じて伝える活動を続けている。
全国での公演活動を行っており、芸術を通じた平和活動も一燈園の重要な柱の一つとなっている。

口コミ・評判