GLA

幸福の科学・大川隆法に多大なる影響を与えた高橋信次が興した教団

GLA

GLA ロゴマーク
教団名GLA読みジーエルエー
開祖高橋信次 設立年1969年
現代表・教祖高橋佳子 系統その他
信者数 54,853人信仰対象なし
経典新・祈りのみち、生命の余白に、心行本部所在地東京都台東区雷門

沿革

1969年(昭和44年)
立教
電子工学の技術者であり会社経営者であった高橋信次(しんじ)が、自らの内面における神仏との対話や霊的な覚醒を経て、「大宇宙神光会」を設立。
東京・浅草を拠点に、釈迦やイエスの教えの復興(原始仏教への回帰)を説き始める。
1970年(昭和45年)
「GLA」へ改称
名称を「GLA(God Light Association)」に改める。
高橋信次は、テレビや講演会で物理的な霊現象(心霊治療や過去世透視など)を公開し、圧倒的なカリスマ性で「正法(しょうぼう)」ブームを巻き起こす。
1976年(昭和51年)
高橋信次 急逝と継承
高橋信次が心不全により48歳の若さで死去。
当時19歳(大学2年生)であった長女・高橋佳子(けいこ)が第2代主宰として跡を継ぐ。若すぎる後継者に、教団内部には動揺が走った。
1977年〜1980年代
「新生」と方向転換
高橋佳子は「新たな人間観の確立」を掲げ、父の時代の特徴であった「霊現象・奇跡・予言」などのオカルト的要素を教団から排除する改革を断行。
他力本願的な奇跡への依存を戒め、一人ひとりが自らの心を磨く「自己内観」を重視する方向へ大きく舵を切った。これに反発した古参幹部の一部は離脱・分派した。
1991年(平成3年)
「魂の学」の体系化
高橋佳子は、従来の宗教の枠を超えた「魂の学(Soul Learning)」を提唱。
人生の青写真(ブループリント)や、カオス(混沌とした現実)といった独自の概念を用い、現代的な自己啓発や心理学的アプローチに近い教義を確立する。
2000年代以降
「トータルライフ(TL)」運動の展開
医療、教育、経営などの専門分野において、信仰を実践する「TL(トータルライフ)人間学」を展開。
特に経営者層向けのセミナーに力を入れており、パシフィコ横浜などで開催される年次大会(感謝の集い)には、会員外も含め数万人が参加する規模となっている。


特徴

新宗教の「源流」としての高橋信次
創始者・高橋信次の影響力は、現在のGLAという枠にとどまらない。
彼が説いた「天上界との通信」「過去世」「正法」「心の浄化」といった概念や用語は、後の幸福の科学(大川隆法)オウム真理教(麻原彰晃)などに極めて大きな影響を与えた。
特に大川隆法は、活動初期に「高橋信次の霊言」を足がかりにしており、日本の精神世界(スピリチュアル)史におけるキーパーソンとされている。

「奇跡」から「研鑽」へ:二人の教祖の違い
GLAの歴史は、明確に二つの時代に分かれる。
【信次の時代】:霊視、除霊、病気治癒などの「超常現象」と、カリスマによる直説が中心。
【佳子の時代】:超能力的なものを封印し、理性的な「心の探究」と「自己変革」が中心。
現在のGLAは後者のスタンスを徹底しており、かつてのオカルト色は一掃されている。

「魂の学」と独自の用語
高橋佳子は、独自の哲学的な用語を多用する。
人間を「魂・心・肉体」の三位一体と捉え、人生にはあらかじめ決めた目的があるとする「マヤ暦」のような運命論ではなく、自らの意志で運命(カオス)を切り拓くことを説く。 「ウイズダム(内なる叡智)」「快・暴流(かい・ぼる=心の偏り)」などの独特な用語を用いて、自己分析を行うワークショップ形式の活動が盛んである。

特定の「本尊」を持たない
教団施設には、伝統的な宗教のような仏像や神像といった「拝む対象(本尊)」が置かれていない。
「大いなる存在(神仏)」は信じるが、特定の形象を拝むのではなく、講堂の正面には花が飾られているのみである場合が多い。これは「神は心の中にいる」という教えに基づく。

口コミ・評判

  1. 匿名 より:

    高橋信次氏の著作「心の発見 現証篇」の矛盾点をまとめたページhttps://www.google.com/url?sa=t&source=web&rct=j&url=https://tukkomi.takara-bune.net/&ved=2ahUKEwi4icuBp_T-AhVBgMYKHVepDq0QFnoECAkQAQ&usg=AOvVaw3WfLaffy5DhQWIqB4ZTqbf

    • [信者かどうか] - 元信者
  2. 匿名 より:

    新新宗教の教義の特徴として、教祖が霊界と現実世界との交信を行い、意味不明の言語を発することがあるが、高橋信次のGLAもその典型である。
    ただし信次は当初、自らが霊言・異言を発するのではなく、他人の心を調和することによってその者に異言を語らせていた。これも最初は義弟(妻の弟)や妹や妻というように、他人とはいっても身内に行ったに過ぎず、うがった見方をすれば自作自演であったとも批判できよう。
     また妹や妻たちに、観音菩薩と弥勒菩薩がインドスタイルの女性であるなどと宗教学的にありえないことを語らせている

    • 匿名 より:

      こうした宗教の教祖は、自己の霊言を正当化するため、自らの権威づけをはかろうとするものであるが、信次も例外ではなく、当初は釈尊を詐称し、次にはエル・ランティーなる名乗りを行って釈尊を超越して見せようとした。
       しかしこのような言動は、教団設立時の教えと矛盾する行為であり、信次自身語っていた「みずから神仏であると名乗る者を信じてはならない」ものである。
       体系を持たない霊言は、必ずそれら霊言のなかで無理を生じ破綻するものであり、高橋信次の教えはその典型である。

      • 匿名 より:

        高橋信次について、ここにある文献(ネットで販売されたこともある)があります。

        『光の求道者 誰も書かなかった高橋信次』(菅原秀・著/明窓出版 1995年)

        「第3章 高橋信次はどういう人だったのか」にこんなくだりがあります。  

        ~昭和四十七年秋の熊本での講習会のあと、一栄さん(妻)は高橋信次を叱っ
        ていた。
        「あなたはちゃんと大学に行っているのに、どうして、いつも小学校しか出て
        いないと言う のですか。自分は無学だなどと、どうしてウソを言うのですか。
        私は、あなたのそういうところがきらいです」
         高橋信次はたばこを、ゆっくりとくゆらしながら、
        「だって、ウソも方便と言うだろう」ととぼけていた。
        「ウソと方便は違います。八正道を説いているあなたが、そういう態度でいいの
        ですか。」
         ほほえましい場面を見てしまった私は、
        「先生やられてますね」とニヤニヤ近寄った。
        「ぼくは、うそつきですかね?」
        「確かに、うそつきです。でも、奥さんは正直な人ですね。うらやましいな」
        「うるさいだけですよ。でも、ぼくは大学へ行っているけど、ちゃんと出ていな
        いんですよ」
        「じゃあ、ドロップアウトですか?」
        「いや、苦学生だったんですよ」
         また、一栄さんがやってきた。
        「あなた、若い人にウソを教えないで下さいね」
        「わかった、わかった」(p141-142 )~

         上記のエピソードは、高橋が虚言に罪悪感を持たない人間であることを示している。
         信次が生前力説した「八正道」(正見、正語、正思、正業、正念、正命、正定、正精進)のひとつ「正語」には、「ウソをつかない」という戒めがちゃんと入っているにも関わらず、高橋本人は嘘をついているのである
         このように、高橋信次には、虚言を弄して良心が痛まない悪癖があった。
         こういう人間が釈迦だのイエスだのモーセだの、いわんや「神理」だの言うのは
        まちがっているし、宗教法人をつくるなどもってのほかではないでしょうか。

        • 匿名 より:

          高橋信次氏の著書を多く読んで感心したこともあるけど、簡単に幽体離脱して霊界を探訪するなどの話や、そこでイエス、モーゼと出会う等の記載あり、人には6人の分身がある等突拍子もない記載には???この人に霊が見えるとすれば、霊の変化を見て騙されていると思われる。